先日から、タスク管理、タイムマネジメントのあり方について、10年ぶりに大改造を試みています。
今までの改造履歴は、こちらにまとめています。


今回でひととおり、改造内容の紹介が終わる予定です。
todoリストに、追われていませんか?
あなたはtodoリストを使っていますか?
おそらく、多くの人が何らかの形で使っていると思います。
たとえば、私が持っているタスクリストはこの3種類です。
- 家事など、毎日決まって実行するタスク
- 近日中に締切がやってくるタスク
- 「いつかやりたい」こと
あなたのタスクリストも、おおむねこの3つに集約されるのではないでしょうか。
タスクリストと一口に言っても、その内容はバラバラです。
また、毎日目にするリストもあれば、気が向いた時だけチェックするものもあるでしょう。
そして、私はあなたにこう尋ねたい。
「タスクリストをこなすだけで、1日が終わっていませんか」
つい先日まで、私はタスクに追われていた
つい10日ほど前までの私は、毎日の家事に関する細かいタスクリストを持っていました。
ご覧いただけるのが早いかと思いますので、お見せしますね。

洗顔、着替え、息子を起こす、朝食の準備をする、お弁当を作る
長いもので20分、短いと2分ほどで次のタスクへ移行していました。
確かに「管理」はできています。
その代わり、強いプレッシャーを感じ続ける毎日だったのです。
この時の心境を、過去のブログではこう表現しています。
「『終わった』ボタンを押すだけなのに、なぜか疲れる」という違和感。
たったワンアクションですら、回数が多いと辛いのです。
まさしく「ボタンを押す」というタスクに追われていました。
タスクをひとまとめにする効果と弊害
顔を洗ったら、すかさず「終了」ボタンを押す。
着替えたら、また「終了」ボタンを押す。
こんな生活に閉塞感を感じた結果、私が取った対策。
それは「家事群」というタスクをひとつだけ設ける、でした。
家事の管理方法を変えた後は、こうなりました。

家事は「家事」としてひとまとめに。
食事と化粧、散歩は家事ではないので、別に管理しています。
いろいろな意味で、かなりスッキリしました。
「まだ終わっていない家事リスト」が細々と並んでいるのを目にした時の「まだこんなに残っているのか」という、軽い強迫観念。
「終了ボタンを押さなければ」というストレス。
そして、何よりも大きかったのが、
家事を後回しにした時の罪悪感が小さくなったこと。
リストで管理しなくなった結果、「終わっていない」を強く意識する機会が減りました。
ちゃんと見なくなったので、時折「あ、あれ忘れてた」が発生した時もありました。
なのですが、困った事態になったことは今のところはありません。
「ご飯を作る」といった大物でもない限り、多少は抜けてもいいのだと分かったのも、この取り組みで得た大きな収穫です。
細かすぎるタスク管理は、問題かもしれない
今回は私の家事に関するタスクリストを例にして、話を進めてきました。
家事以外でも、これと同じ話だと考えています。
公開できない内容が多くてブログでは触れませんでしたが、仕事関連のタスクもバッサリと数を減らしました。
5個、7個のタスクをひとつにまとめ、ざっくり管理に切り替えています。
こちらも今のところは問題なく進んでいて、なかなか良い感じです。
以前の私は「ちゃんとしなきゃ」病とでも言える状態でした。
「きっちり、最後までやる」が当たり前だと思っていたのです。
ですが、私は人間である以上、やり残しは発生しますし、時間が足りない時もあります。
どうしても避けられない「失敗」を、今までは「ダメな私」「もっと頑張れ」と、自分を追い立てていたのです。
これでは、消耗して当然ではないでしょうか。
タスク管理は、本来「ラクになるため」にやるはずです。
なのに、気づくと「管理するために生きている」状態になることがあります。
「本末転倒」とは、こういうことを言うのかもしれません。
今後、新たに始めたタスク管理がどのような流れになるのかは、分かりません。
とはいえ、自分をギュウギュウに締め上げて、鞭打つような管理をした結末はもう分かっています。
「できれば、元の状態に戻りたくはないな」と、思っているところです。
