弁当に愛情を込めると、苦しくなる理由

「毎朝、子どものために弁当を作る母親」
このフレーズには愛情という名の「圧」がある。

なぜなら、人は必ずしも料理が好きであるとは限らないからだ。

にもかかわらず、高校生ともなると学校での給食が終わる時期になり、必然的に家庭で昼食を担保する必要がある。
子どもの昼食に悩む母親は多いだろう。

だが、ここに落とし穴がある。

「時間が来たら昼食を摂ることができる」
必要な条件は、たったこれだけ。
母親の手作り弁当は、あくまでも選択肢のひとつにすぎないのだ。

目次

筆者の弁当作り事情・失敗編

筆者には子どもがふたりおり、それぞれ高校生の時期は終わっている。
年齢が離れていたため、ふたりが同時に弁当を持参した時期は存在しない。
結果、数年のブランクを経た上でふたりめの弁当作り生活に入り、今に至っている。

卵焼きを受け付けないなど偏食傾向があった上の子の時は、「食べられる」を基軸にした弁当を持たせて乗り切った。

肉のおかず、魚のおかず、野菜のおかず二種。
毎日、このパターンだ。
冷凍食品も好まなかったので、非常に苦労した。

今、振り返ると、この時の弁当システムには改善の余地があったとはっきり分かる。
食の好みが弁当に向いていないにも関わらず、初めての子だったせいで「母親の手作り弁当を作って、持たせなければならない」という思い込みに、完全に囚われていたのだ。

もしもこの時点にタイムスリップできるなら、私は自分に対してこう告げただろう。
「この子に弁当はいらない。毎日、学食かコンビニに行ってもらえ」と。

学食のメニューは事前に分かるので、「今日は無理だ」と思ったらコンビニで買ってもらう。
もちろん、費用はこちら持ちだ。

こうしてブログを書いている今でさえ、当時の私を愚かしく思うくらいだ。

筆者の弁当作り事情・成功編

苦々しい思いを抱えながら3年間の弁当作り生活を終え、上の子は大学進学で自宅を出て行った。
「これで弁当作りから解放された」とホッとしたのも束の間、あっという間に下の子が高校生になった。

下の子の高校受験が近づいてきた頃から、当時の悪夢を思い出して苦しくなった。
だが、下の子の高校進学は待ってくれない。
ほどなくして、また弁当作りの幕開けとなった。

ところが、この時は上の子での失敗経験があったおかげで、弁当作りは格段に楽なタスクへと変化した。

「手作りでなければならない」という圧からは、時間を置いて冷静になっていたおかげで既に解放されていたこと。
また、好き嫌いが少なく、冷凍食品を厭わない子だったことも、母親である私にとって負担を減らす要因だったのは間違いない。

これらを踏まえて、下の子の弁当は
卵焼き、肉のおかず、野菜のおかず、冷凍食品1品
以上のラインナップで固定化した。

冷凍食品は解凍するだけで、手間いらず。
卵焼きは固定なので、おかずのうち半分はメニューに悩むことがなくなった。
「上の子の時の苦労は、何だったのだ」と、拍子抜けするくらいである。

ちなみに、高校は卒業したが今でも弁当作りは継続している。
完全にパターン化されており作業への負担感が小さいので、無理がないのだ。
最終的には、「弁当作りに苦痛がないのなら、毎日、学食やコンビニで1000円近くの出費がある方が家計に響く」という判断となった。

手作りが愛情とは限らない

ここまで書き進めてきて、未だに上の子の時に犯した失敗を悔やんでいる自分に気づいている。

偏食するのは構わない。
だが、母親が無理なく準備できる弁当を食べないのなら、お金を出すから自分で買うように。

これが言えなかったのが、何よりの後悔だ。

上の子の弁当を苦痛の中で作り続けたあの3年間は、もう二度と返ってこない。
手作り弁当を愛情と勘違いし、上の子に辛く当たった場面もきっとあったはずだ。
上の子には、本当に申し訳ないことをしてしまった。

嫌々ながら作った母親の手作り弁当には、愛情などこもっていない。
そこにあるのは、母親の苦痛、そして怨念なのだ。

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この記事を書いた人

地方に住む、普通の主婦。
2010年から在宅で仕事をしています。

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