「買ったのに使わない」の不合理

「ここぞの大舞台のために」と準備した、10万円のシャツ。
「食器洗いの手間を省くために」と自宅を新築した際に導入した、ビルトイン食器洗い乾燥機。
「毎日、掃除しなくても済むように」とレンタルした、ロボット掃除機。

「暮らしをより便利に、快適にするために」と購入した、これらの所有物。
だが実際には使われることなく放置されている。

「汚してはいけないから」と、大事なプレゼンの日であっても980円のシャツを選んでしまう。
「手で洗ったほうが早いから」と、食洗機が埃をかぶっている。
「床に物があってぶつかるから」と、ロボット掃除機は動かない。

なぜ、このような不合理が起きるのだろうか?

その理由は人間の持つ仕組みにある。
新しい要素よりも古く、慣れ親しんだ方法を選ぶことによって、安心、安全を感じる。
だがこれは一種の生存本能であり、命の危険が脅かされる危険性が格段に下がった今を生きる人間にとっては、もはや邪魔でしかないのだ。

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購入後、死蔵されている物が損である理由

自分をより引き立たせるであろう、高級なシャツ。
家事の手間を劇的に下げる可能性がある、食洗機やロボット掃除機。

これらの新たな用をを使わずに放置しても、何の問題も感じない。
これが人間が太古から持ち続けている、基本的な行動ロジックだ。

「昨日問題を起こさなかった選択肢は、今日も問題を起こさないに違いない」というわけである。

だが、実際はどうだろうか?

980円のシャツしか着用しないのであれば、10万円という大金を投じて得た新たなシャツの立場はどうなるだろうか。
食器の手洗いを続けるのであれば、ビルトイン食洗機を設置した場所を収納にするという選択肢もあったはずだ。
床に物があってぶつかるのが嫌なら、ロボット掃除機をレンタルする意味はどこにあるのか。

購入したのに使われない時点で、実は大きく損をしている。
なぜなら、置いてあるだけの物に対して、出費だけが発生しているからだ。

手に入れたのなら、使う。
使わないのなら、最初から買わない。
どちらかだ。

購入したのに使わないことこそが「損」である理由

あなたは食洗機を持っているだろうか。
もしも持っているならご自身のことを、持っていないなら身近にいる食洗機所有者のことを思い出してみてほしい。

食洗機を「使っている」人は、果たしているだろうか。

食洗機を使うには、電気代や水道代が必要である。
グラス1個程度であれば、手洗いすることで電気代は0円であるし、水道代も少なく済むだろう。

だからといって、食器の手洗いを選んで良い理由にはならない。

人間が作業する以上、そこには労働力、そして「時間」という貴重なリソースが投じられる。
「たかがグラス1個に食洗機はもったいない、大げさだ」と思うこと自体が「損」なのだ。

まだ食洗機を持っていないなら、そして購入する意思もないのなら、食器は手洗いするしかないだろう。
これは個々人の選択であり、そこには正解も不正解もない。
あるのは「食器はすべて手洗いする」という選択を取ったという事実だけだ。

だが、すでに「食洗機を購入する」という選択をしたのであれば、もはや使うしかない。
なぜなら、食洗機を購入した時点で出費をしており、使わないのならその資金を他に流用できたはずだからである。

電気代や水道代が惜しいなら、ある程度まとめて洗えば問題ない。
また、食器もまとめ洗いに対応できるだけの数を持てば良い。

実際に筆者は、1日3回、食洗機を使っている。
朝、夕方の弁当箱、そして夜だ。
1日3回、使っているが、目に見えて電気代や水道代が高くなったわけでは、ない。
これが事実である。

持っているなら使う、使わないなら持たない

先ほども論じた通り、物を所有するなら使う。
使う意思がないならば、持たない。

このどちらかである。

「持っているが、使わない」は、損しか呼ばない。

購入時に投じた資金。
機械を使わず人力を選ぶことによる、人間のリソース浪費。
放置された物を置くための場所。

どれもこれも「損」でしかない。
しかも、非常に目に見えにくいのが厄介である。

たいていの人は「グラス1個なら、手洗いの方がいい」と思っているものだ。
ここにこそ、問題の「本質」が潜んでいる。

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この記事を書いた人

地方に住む、普通の主婦。
2010年から在宅で仕事をしています。

このブログでは、「持続可能な現実的な生き方」をテーマに
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・人間関係
について、「こうあるべき」ではなく、実際に起きたこと、考えたことをもとに書いています。

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