自分の子どもの友達、つまりママ友に関して、付き合いの問題に悩む人は多い。
にも関わらず、ママ友付き合いから逃げようとしない人も、また多い。
だがここにひとり、ママ友を作った経験を持たずに自分の子どもすべてが成人を迎えた母親がいる。
その「母親」とは、私のことだ。
ママ友を作らないまま、「ママ」を卒業した人間の話
私は時間を無為に潰すことを、非常に嫌っている。
「時間を制するものは人生を制する」
これを自分のモットーとするくらい、時間を大切に扱っているつもりだ。
このような考え方を持っているので、自分にとって何の利益もないように見えるママ友を作ることをしないまま、ここまで生きてきた。
ママ友を持たないことによって、何か不利益を被ったか。
何もない。
苦痛しか感じない人間関係を持たなかったことによるメリットの方が、ママ友から得られるであろうメリットよりも、よほど大きかったのだ。
ママ友がいない私は、どのように学校生活を送っていたのか
自分の足で友達の家に行ける年齢に達するまでは、「子どもの付き合いは学校から帰るまで」というルールを設けていた。
子ども同士が友達だからといって、母親も友達になる必要はどこにもない。
情報がほしいなら、学校の先生と仲良くした方がより正確な情報が手に入る。
もっぱら情報収集を目的として、私はPTA役員を歴任していたほどだ。
ママ友からの情報を頼りにする必要は、どこにもない。
日々、顔を合わせる子どもであれば、仲間はずれにされるのは辛い。
だがしかし、子どもと違ってママ友とは毎日顔を合わせないので「仲間はずれ」という状態は起こらない。
ママ友は「高コスト、低リターン」である
ママ友に依存せず、つつがなく学校生活を送るために私が取った方法は、以下の通りである。
子どもが自分の足で友達の家に行けるようになるまでは、子どもの付き合いは学校の中だけと決めた。
学校生活に必要な情報は、最も正確で確実な学校に確認した。
そのために、あえて人がやりたがらないPTA役員という制度を活用した。
ママ友というものは子どもを介した関係性に、端を発している。
そもそも薄い関係性なのだから、そのままにした。
ママ友という存在は、持とうとした瞬間に多大なコストを支払うことになる。
そこから得られるリターンは、時間の浪費、不正確かもしれない噂話、望まない人間関係しかない。

