私は2日前まで、こう思っていた。
「自分で選ばなかった環境では、自分の才能を花開かせることはできない」
言い換えると、何かの偶然そのコミュニティに入った場合、自分はそこでは活躍できないという考えだ。
具体例は学校や職場、地域の人である。
そして、自分の持つ特性や強みにより適合した場所へ自主的に移動するのが、私が快適に過ごすためのカギだと思っていたのだ。
しかし、メンターからの話を聞いて、この認識に疑問を持ち始めている。
環境と才能の関係性、先日までの認識
10日ほど前に、このような記事を投稿した。

自分が所属するコミュニティにいる誰かと合わない時は「その場を出る」がおすすめだ、という話である。
人間関係に問題を抱える場合に限って言えば、この意見は変わらない。
私にとって、最も替えの利かない存在は私自身だ。
だから、人間関係の軋轢からはさっさと逃げるに限る。
しかし、メンターの話を聞いているうちに、ある疑惑に気づいたのだ。
「自分が活躍できないだけの時も、人間関係を言い訳にしてはいなかったか?」
私に決定的に足りなかったこと
私を活かしてくれないから、私は活躍できていない。
それならば、私のことをより理解してくれる人がいる場所に移動しよう。
この思考に沿って自分の所属するコミュニティを、転々とする。
以上が、過去15年ほどで私が選び続けてきた行動だ。
ところが、2日前にメンターからこのような話を聞いたのだ。
「自分にふさわしい居場所は、自分をより高めることにより与えられる」
頭をガーンと殴られたような衝撃だった。
私の過ごした15年あまりを、丸ごと否定された感覚を覚えたのだ。
当然だが、メンターは私を否定したわけではない。
違う道、可能性を示してくださったのだ。
置かれた場所で腐らずに努力を重ねることで花開いた才能が、私にはあったのかもしれない。
また、頻繁にコミュニティを切り替えることにより、安くはない費用も発生している。
率直に言うと、過去の自分を罵倒したい気持ちだ。
とはいえ、過去はもう戻ってこない。
しかし、今、そして未来は、まだ決まっていない。
生きているならまだ挽回できるので、今の環境で私ができることから、行動を起こしていく。
