既存コミュニティにいる「自分と合わない人」には、どう対処する?

毎日の暮らしを問題なく回すため、人は様々なコミュニティに所属する。
会社や地域など、何かしらのコミュニティに入らないと、人は生きていけない。

コミュニティには、気の合わない人がつきものである。
5人も集まれば、誰か1人くらいは「この人はちょっと」となるのではなかろうか。

すでに所属しているコミュニティに合わない人がいる時の選択肢を、今回はまとめていく。
私の意見は「置かれた場所で咲こうとするのは、人生の放棄宣言」だ。

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まず考えるのは「去る」

というわけで、基本的には「去る」を選べば間違いはないと、私は思っている。

代表的な「去る」は仕事だ。

この世の中は、仕事であふれている。
転職情報は無数にあるし、自分で事業を始めるハードルも下がった。
新たな会社に就職するも良し、今なら起業を選ぶのも現実的な選択肢だ。

また、地域コミュニティに困った人がいるのなら、まずは引っ越しから検討する。
今の自宅から3キロも離れれば、コミュニティは一新されるはずだ。

ちなみに、現在の私は持ち家に住んでおり、ご近所さんは良い方ばかりだ。
とはいえ、これはただの偶然である。
偏屈な隣人がいた可能性を考えると、もっと慎重に検討するべきだったと感じている。

受け入れるのは、唯一無二の存在のみ

一方で「受け入れる」を選ぶ場面は、限られている。
具体的には、替えが利かない存在に対してのみだ。

私にとっては、子どもたちが該当する。

月並みであるが、母親として娘と息子はかけがえのない存在だ。
成人しているので守る対象からは外れているものの、何かあった時にはすぐ手助けしたいと心から願っている。

時には意見が合わずにカッとする場面が、ないとは言わない。
だが結局は「しょうがない」と受け入れる存在は、子どもたちだけなのだ。

物事には「例外」もある

ところで、物事には例外があるものだ。
ここではパートナー、そして親としての責任を考慮して子どもの学校を挙げる。

離婚すれば、パートナーの「交換」が実現するかもしれない。
しかし、身近な経験者たちは口を揃えて「結婚より大変だった」と言っている。
複数の体験談から考えると、去る、すなわち離婚はよほどの場合に限るのだろうと思わざるを得ない。

学校にも転校という選択は存在する。
だが、途中で学校を変えることに対するデメリットを忘れてはならない。

最終的には子ども本人と話し合いを重ね、どうすれば希望に近くなるのかを見定めた後で選ぶのが良いのではと考えている。

「自分が所属するコミュニティは、能動的に選ぶことが可能だ」
この一言を忘れずに心に置いておけば、人間関係のストレスを軽減できるはずと私は信じている。

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この記事を書いた人

考えていることと、いま受けている仕事はプロフィールに置いています。

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