今週の水曜、2026年10月21日は、PHP問題に世界が大きく揺れた1日だった。
インターネット史に残るレベルの大事件だと言われている。
私にも影響があり、21日、22日と対応に追われていたが、その時に感じたことを書き留める。
2026年10月21日、世界でインターネットが「死んだ」
まずは何が起きたかの説明から。
10月22日時点の情報を、Claudeにまとめてもらった。
10月20日、PHPそのものに見つかった深刻な欠陥2つが、修正の準備が整う前にネット上で明かされた。
世界のWebサイトの7割以上に関わる欠陥で、21日には修正が出る前から攻撃が始まり、さくらやエックスサーバー、コドモンなど国内外の大手サービスが予防的に止まった。
PHPの修正版は日本時間21日の夜11時前に公開され、古いバージョンには通常の修正が配られなかった。
さらに詳しい話は、以下のリンクを参照していただきたい。
冒頭でも触れた通り、私も対応に追われた。
仕事で使っている複数のWebサイトにPHPが利用されていたため、急遽PHPのバージョンを上げることになった。
今、ご覧いただいているこのブログも、バージョンアップを行っている。
さらに、以前に運用していて今は更新を停止していた複数のブログを、インターネット上から完全に消去した。
この問題が発生する前は、「もしかしたらまた使うかもしれないから、データはそのままでいいか」と何もせずにいた。
もう長い間、新しいページを加えることはなかったのに「今まで書き溜めた文章を捨てるのが惜しい」と思ってしまったのだ。
しかし、古いデータを経由して他のWebサイトに攻撃することが可能だと聞き、あわてて削除した。
何年も放置していたブログなのだから、きっと今後も更新しないだろう。
服の捨て方をブログに書いたことがある。

目に見える服なら手放せても、ブログではできていないことに気づくのが遅かったと思っている。
自宅を見渡して、私が感じたこと
今回の出来事で新たに気づいた事がある。
使わないのに「もったいない」と置いている物が、まだ数多く残されていたのだ。
一度読んで、もう二度と手に取らない本。
興味があって手に入れたが、使いにくくて放置されている調理小物。
これらの「もったいないが使わない」物たちが、自宅のあらゆる場所を塞いでいた。
「もう使わないなら持つべきではない」と思っているのに実態は違っており、言行一致の難しさを痛感している。
さらに、もったいないからと持ち続ける問題は、場所の他にもある。
所有によって、頭の中で「気になる」という言葉がリフレインされるコストだ。
「無意識のうちに、決断力を無駄遣いしている」と言い換えても良い。
ブログ以上に見えない存在であるのが、このコストの恐ろしい点だ。
気がついたらじわじわと首を絞め上げられていたような感覚を、私は持っている。
私は物を捨てられる人間だと、つい先日まで認識していた。
だが、様々な方面から見直すと、どうやら私は捨てられない人間のようだ。
「できているつもり」は恐ろしい。
