在宅ワークで失敗した理由を、少しずつ振り返っています。
今回は、アフィリエイト編の続きです。
アフィリエイトという世界を知ったものの、何をすればいいか知らなかった私が次に取った戦略についてまとめていきます。
これまでに書いた記事は、こちら。




「お客様」に来てもらえなかった私の、方向転換
前回書いた私の失敗を、改めて見てみましょう。
先ほど、アフィリエイトの準備品として「訪問者に来てもらう仕掛け」を挙げました。
とはいえ、人なら誰でもいいわけではなく、「お客さんに来てもらう仕掛け」が正しかったのです。
自分が書いたブログ記事を見に来た人は、私が貼った広告から購入という動きを起こしてくれる人。
これを満たしていなかったせいで、アフィリエイトに失敗したというわけです。
ここで私は、方針を変えます。
無料でできることは限られている。
だったら、お金の力を使って、ちゃんとアフィリエイトしよう。
梅野、レンタルサーバーに手を出す
無料ブログでのアフィリエイト活動を続けて、2年ほど。
収入にはなってませんでしたが、アフィリエイトに必要な知識とスキルは身についてました。
そして、初めてアフィリエイトという言葉を耳にした時に感じた疑問も、この時期にはほぼ解決されていました。
自前のWebサイトを持つために必要な、レンタルサーバーの借り方。
Webサイトの住所にあたる、ドメインの取得方法。
そして、広告の探し方や文章の書き方も。
すべての材料が、そろっていました。
あと必要なのは、資金を投じるという決断だけ。
ここで私は、動きました。
「自分のWebサイトを開いて、アフィリエイトをしよう」
そして誰も、来なくなった・・・
無料ブログでのアフィリエイト活動を続けながら、並行して自分のWebサイトもつくりました。
レンタルサーバーを借りてドメインを取得し、複数のASPにも登録を終えました。
ASPとは、広告主とブロガー(私はこちら側)をつなぐ仕組みのこと。
広告の提供や成果の管理、報酬の支払いまでをまとめて担ってくれます。
見よう見まねで作成した私のWebサイトが完成し、いよいよオープンの日を迎えました。
「はじめての売上、いつかな」
期待にワクワクして、毎日、結果をチェックします。
なのに、何日たっても、数字はまったく動きません。
誰も買ってくれないならまだしも、誰も来ないのです。
「これならまだ、無料ブログの方がマシだった」
とてもガッカリしたのを、今でもよく覚えています。
欲張りは、よくありません・・・
一念発起して自分のWebサイトを持ち、大量に時間を溶かして始めたアフィリエイト。
にも関わらず、まったく何も起こりません。
- 売る商品が悪いのかも?
- デザインをもっと派手にしなきゃダメ?
- 文章、もっと長い方がいいのかな?
いろいろと考え、ためしました。
ですが、どれもハズレ。
状況は変わりません。
ここで私、あることに気づきます。
私が選んだ広告、売れたらたくさんお金がもらえるものばっかりじゃん!
アフィリエイトは、商品によって報酬が大きく変わります。
当然私は、「高いもの」を選びました。
でも、これらの商品は、すでに力を持った人たちが売りまくった後。
ノコノコと入ってきた新参者の私の居場所なんて、なかったのです。
私が持っていた、唯一の武器を投入
みんなが選ぶ人気商品を売る力は、私にはない。
なら、どうするか?
答えはただひとつ。
「自分が売れる商品を選ぶ」です。
小さい子どもを持つママ向けの商品なら、私も当事者です。
「これなら文章も書きやすいだろう」
こんな予測を立てました。
- ステンレス鍋、フライパン
- 子ども服
- 書籍(本好きなので)
どれも私の身の回りにあるアイテムばかりです。
方針を変えたのがよかったのか、ここでようやく売れ始めます。
月に500円とか、多くて1000円くらい。
会社員だった頃とくらべたら、100分の1以下です。
ですが、飛び上がるほどうれしかった。
何の取り柄もない、社会から離れて何年も過ぎていた専業主婦が、初めて自分の力で得たお金です。
うれしくないはずがありません。
アフィリエイトが行き着いた先
アフィリエイトをする人としての私が最終的に選んだ、メイン商品。
それはダイエット食品でした。
毎日、運動と食事の記録をブログに書くだけの、シンプルなブログ。
ですが、毎日投稿すれば、1年で365記事。
「毎日、ちゃんと続いてる」
これがよかったのだと思います。
少しずつ訪問者が増え、ダイエット食品も売れていきました。
とはいえ、爆発的に売れたのかと言えば、そうではありませんでした。
1か月で3000円くらいが平均値。
いちばん多かった時でも、1か月で5,000円ほど。
自分が掲載していたダイエット食品経由で、某大手ECサイトの旅行商品が売れました。
で、その報酬が5,000円というわけです。
高額商品が売れたので、私の手元にもまとまったお金が入ってきました。
なのに、ちっともうれしくなかったんです。
「これ、たまたまじゃん」
ダイエット食品を売りたくてブログを書いているのに、まるで関係ない商品が売れた時が最高記録。
ここで私は、思いました。
アフィリエイトはやめよう、と。
今だから分かる、私の問題点
この時の私は、自分が改善しなければならない点がどこにあるか、知りませんでした。
ですが、今なら、ハッキリ分かります。
そもそも私が書く文章は、とても堅苦しいものでした。
今でも痕跡は残っていますが、当時は今の10倍はひどかった。
「こんなの誰が最後まで読むの?」と自分で思うくらい、読みにくいものだったのです。
なのに、読みに来る人は忙しいママさんたち。
1分1秒を無駄にしたくない人に働きかけるのなら、ぱっと見るだけで「そういうことね」とすぐ分かる文章を書くべきでした。
「相手に合わせる」
今でも決して得意ではありません。
とはいえ、「知っている」と「知らない」の差は大きい。
そう実感しています。
在宅ワークが私に与えてくれたもの
私の在宅ワークは芽が出ないまま、その幕を閉じました。
結局、在宅ワークで収入を得るという夢は、叶いませんでした。
ですが、あれから様々なことがあり、今は小さいながら事業を持っています。
当時を振り返って、思うことがあります。
それは母の存在です。
子どもだった頃から、私は「在宅で働く」を見てきました。
内職をしていた母は
- 自分ができること、すなわち洋裁のスキルを
- 相手に合わせる形で提供する
これが、形になっていたのです。
ゼロからの未経験である仕事ばかりに目を向けて、自分勝手に売りつけていた私とは大違いです。
幼い頃から、私はすでに「答え」を持っていた
ここからです。
私が新しいことを始める前に、自分の「持ち物」を生かす道を最優先にするようになったのは。

今の私は自宅で副業をしたい方に向けた、相談業務を仕事としています。
自分が無理なくできることで、喜んでくださる方がいる。
本当にありがたいお仕事です。
私と在宅ワークの歴史は、これにて終了です。
簡単ですが、この続きを書いた記事もありますので、ぜひご覧ください。

