人生をより良くするための処方箋として、私が設定している行動が3つある。
それは「捨てる」「頼む」「効率化」だ。
わざわざ設定してあるのには、当然理由がある。
気分の赴くまま行動すると、人は現状維持を選ぶ生き物だからだ。
昨日から3回に分けて、「捨てる」「頼む」「効率化」に関する構造を紐解いている。
今回はその2回目、「頼む」を取り上げる。
「頼めない」に隠された構造
昨日の「捨てる」と同じく「頼む」にも現状維持が働く。
「頼む」には必然的に他者の介入が発生し、そこには現状の変化を伴うのだ。
だから人は「頼む」を回避するために、思いつく限りの言い訳をして、自分の手元にタスクを置きたがる。
自分しかできない仕事なのだから、新人に一から説明するより自分でやった方が早い。
また、忙しい人に知人の紹介を頼むのは、気が引けるものだ。
だが、これらの言い訳が、その通りに実現したことはあるだろうか。
一度、説明の手間をかけることで、以降は他者に任せることができる。
ところが、実際に頼むと、拍子抜けするほどあっさりとつないでくれるものだ。
「捨てる」の場合と同じく、「頼む」においても言い訳が発動することはない。
「頼む」ためのルール・実例
私は実利を重んじる人間なので、積極的に「頼んでいる」のかと言えば、そうでもない。
他者を介在させることへのコストを、実態以上に重く見ている自覚がある。
つまり、私こそが「頼めない」人間だ。
このような私であるが、それでも実行している「頼む」が存在する。
人間への説明は、相手の気持ちや能力の問題があり、往々にしてうまくいかない。
だが、機械やシステムであれば、ある程度は「バグ」の発生を予測できる。
その結果、家電にかなり投資するようになった。
食器洗い乾燥機を1日に3回、使っている。
夜の洗濯にも当然、ドラム式乾燥機が大活躍だ。
さらに、床掃除は毎日のルンバだけで終わらせている。
最近だと、AIの恩恵を多大に受けている。
今、ご覧いただいているブログも、原稿は自分で執筆しているが、AIによる品質チェックを受けてから投稿しているのだ。
だが、その一方で、人間への頼み事は発展途上だ。
「打ち明けたら、どうにかしてくれた」経験は、これまでに多数ある。
にも関わらず、未だに「誰かにお願いごとをする」に、強い抵抗感を持ち続けているのだ。
この問題を解消するため、1年半ほど前から自分にメンターをつけている。
当初に比べれば多少は変化したが、最初の1年近くを「私」という人間の紐解きに費やしたので、改善はこれからなのだろうと感じている。
「頼む」の裏側にある意図
今回取り上げた「頼む」には、「自分にストレスを掛けない頼み方」という裏構図がある。
だが、先ほども言及した通り、私の「頼む」には、他人が関与していない。
率直に言うと、現状の「頼む」に私は満足していない。
なぜなら、「頼む」の真骨頂は「他人に頼む」にあるのだと、確信しているからだ。
だが、人の心はままならないものであり、分かっていても実行できないことが無数にある。
その中のひとつが、私にとっては「頼む」なのだ。
次回は最終回、「効率化」を取り上げる。

