「ありがとう」は、いつも平行線ですれ違っている

「ありがとう」
誰かからこの言葉をかけられた経験がない人は、おそらく皆無だろう。
それくらい、ありがとうという言葉は日常にありふれている。

この「ありがとう」という言葉。
受け取り方は自分で選ぶことができる。

目次

「ありがとう」の事実

ありがとうという言葉の「事実」は、ただひとつしかない。
それは「ありがとう、という言葉を発した」だ。
受け取り手の視点に置き換えると「ありがとう、という言葉を受け取った」になる。

事実として確定しているのは、言葉が通っていったこと。
これしかない。

「ありがとう」という言葉に、どのような意味が込められていたのか。
それは発した本人しか分からない。

そして、「ありがとう」という言葉に、どのような意味を感じ取るのか。
それは受け取った本人にしか分からない。

どこまで行っても、平行線をたどるだけなのだ。

「ありがとう」の「受け取り方」

あらゆる言葉には、意味がある。
ただし、同じ言葉であっても、まったく同じ意味であるとは限らない。

「ありがとう」
この言葉を耳にした時、感謝の気持ちを表していると思われがちだ。

だが、必ずしもそうではない。

難しい言葉、長い文章であれば、真意を問うという思考も立ち上がるだろう。
「理解が及ばない」と、相手に告げやすいとも言える。

だが、シンプルなたった一言である「ありがとう」には、この思考は働かない。
ありふれた言葉にこそ、細心の注意が必要なのだ。

「時間と思考」マガジン

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この記事を書いた人

地方に住む、普通の主婦。
2010年から在宅で仕事をしています。

このブログでは、「持続可能な現実的な生き方」をテーマに
・生き方
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・人間関係
について、「こうあるべき」ではなく、実際に起きたこと、考えたことをもとに書いています。

名前や肩書きより、考え方そのものに興味を持っていただけたらうれしいです。

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