気づいたことを言う時、言わない時

私は他の人と見ている場所が違うのか、「それは変だ」と感じる回数が多い。
1日で数回、多い時は10回以上、違和感を持ちながら過ごしている。

だが、変だからといって、毎回伝えることはしない。
高校を卒業する頃までは「おかしいと伝えるのが正しい」と考えており、これが原因で嫌われていたからだ。

では、今はどうしているのか?

目次

気づいても伝えない時

順番がおかしいかもしれないが、こちらを先に述べるのには理由がある。
「伝えない」を選ぶ場合が、圧倒的に多いからだ。

今を生きる私たちは、他人の見解を容易に知る機会が多い。

SNSやニュースサイトなどのWebの世界では、様々な視点から書かれた文章であふれている。
さらに、新聞やテレビといったマスコミも、まだまだ健在だ。

これらの情報が持つ共通の特徴は、自分に関係が薄いケースが大半であること。
「私は違う意見です」と伝えたところで、日常生活に与える影響は小さいだろう。
また、意見を表明することで、相手からの思わぬ反応に嫌な思いをするかもしれない。

以上を踏まえて、自分事ではない物事だと感じた違和感を私は無視している。
考えるだけ時間の無駄というわけだ。

なお、余計な情報を視界に入れないよう、私はニュースサイトとマスコミを一切見ない生活を、もう何年も続けている。
驚くほど心が落ち着くので、ぜひためしてほしい。

伝える時は、いつ?

私が違和感を伝える場面は、ごく限られている。
具体的には、自分が大きな影響を受ける時だ。

自分の意見を伝えなければ相手に都合よく事が運び、自分に不利益が生じる時。
アイデンティティに関わる物事に対して、侮辱的な態度を取られた時。
目の前の理不尽さを拒絶しなければ、自分の権利が脅かされる時。

たとえば、このような場合だ。

先ほど「大きな影響を受ける時」と説明したが、「伝える」に至るのは悪い影響を受ける場合に限られる。
なので、そう回数は多くない。

かといって我慢をしているわけでは、ない。
嫌な場面に遭遇しないために、普段から私が心がけている思考があるのだ。

その思考とは「問題を根本から断つ」
こちらの思考について、明日は取り上げていく。

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

考えていることと、いま受けている仕事はプロフィールに置いています。

目次