日本のとある地方都市に、私は長年、住んでいる。
高校生の時からずっとだ。
その当時の私は「都会はいいな」という、ほんのりとした憧れを持っていた。
私の進学した高校は、自宅からかなり離れていた。
電車を乗り継ぎ、自転車を漕いで、最後はバスに乗る日々。
学校についた時にはすでに疲れているという大変な毎日を3年間、過ごしたのだ。
「東京や大阪であれば、もっと近い高校に通えたのでは」というわけである。
ところが、今は考えが変わっている。
通える高校の選択肢が多いのが良いとは、思えなくなっているのだ。
選択肢の多さに潜む、見えにくいデメリット
都会に住む中学生は、自分の進学する高校選びで考慮する要素が非常に多い。
私立なのか、それとも公立なのか。
無難に普通科にしておくのか、もしくは専門科を選ぶのか。
通学の利便性を取るのか、遠くても自分の意思を貫くのか。
進学先の選択肢が多いということは、そのまま「迷い」につながるのだ。
さらに違う視点からも、高校数が多いことによる「不利」がある。
高校の数が多いだけで発生する「不利」
地域に存在する高校の数が多いだけで発生する「不利」がある。
初見の印象だけでは「そのような事例があるのか」と思う人も、いるかもしれない。
だが、存在する。
都会の高校生が置かれている不利、それは部活動における「大会」だ。
都道府県ごとに大会に出場できる学校数は、限られている場合がほとんどだ。
人口が多い都道府県では、複数の高校が出場できるよう調整されている場合もある。
だが、高校の数に比例して割り当てられているのかと言えば、そうではない。
依然として格差は残っている。
甲子園という事例
高校生には運動部、文化部問わず様々な大会がある。
ここでは最も身近な大会のひとつ、全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)を取り上げる。
私が住む県では、今年の夏に開催された地区予選に出場したのは37校(チームとしては35)であった。
当然、この中から1校が甲子園に出場している。
シード校なら5回勝ち上がれば代表の切符をつかめる、という流れだ。
その一方で東京都と北海道を除く人口の多い県、すなわち高校数が多い地域に住む高校生は7回、8回と勝ち続けなければ夏の甲子園には出場できないのだ。
当事者である生徒は、この事実を果たしてどのように思っているのだろう?
