会社で働き、顧客と接する人なら、一度は思うだろう。
「もっと〇〇したら、お客様は喜んでくれるのに」
「でも、会社のマニュアルには、〇〇することは書かれていない」
もし自分の意思で〇〇をした時、目の前の顧客は喜ぶだろう。
だが、長い目で見たら関わる人や組織のすべてが損をする。
自分発の追加サービスが持つ弊害
ここから先は、「〇〇」の中身を「前回、来店時に購入した商品について、使用感を質問する」と設定する。
「前回、お買い上げ頂いた商品は、いかがでしたか」という声かけだ。
追加で声をかけるコストは、思いついた本人にとっては小さい。
だが、マニュアルにない接客を受けた顧客は、その事実を知らない。
そして後日、別の店員が接客すると、当然追加の声かけはない。
顧客は対応が悪くなったと不満に思い、二度と来店しなくなるかもしれない。
1年後の売上減に向かって
先ほどの場面、たったひとりの顧客なら影響は小さい。
ところが1日10人を接客し、1ヶ月が経過したらどうなるか。
1ヶ月の勤務日数を20日と仮定すると
10人×20日=200人
200人という多くの顧客が不満を覚える可能性があるのだ。
もしも、この200人が次回、別の店員から接客を受けて、追加の声かけがないことを理由にして他の店舗へ鞍替えしたらどうなるか。
間違いなく、売上は下がる。
1ヶ月、3ヶ月、半年、そして1年。
顧客は減り続け、店舗存続の危機が訪れる可能性はゼロだと言えないのだ。
「顧客第一主義」の危うさ
ところで、日系企業はこういった自主的な工夫を社員に求めがちだ。
「顧客第一主義」という、見た目だけは美しい包装紙に包んで。
しかし、「顧客のために」の行動を社員の能力任せにすると、間違いなくレベルが違う。
一度でも「前回の購入について、様子を尋ねられる接客」を受けてしまうと、これを通常対応と勘違いするかもしれない。
そして、次回の来店時にはマニュアルに書かれてるとおりの接客を受ける。
接客の質が下がったように見えた結果「この店舗は教育がなってない」と勘違いし、次からは違う店舗を選ぶ。
それでもなお、こう思うだろうか。
「もっと〇〇したら、お客様は喜んでくれるのに」
「だったら、私だけでも〇〇しよう」
