私たちは人間という名の生き物です。
命がある以上、食べることとは切っても切れない深い関係があります。
人間の歴史は、ある意味「食」との戦いの連続でした。
私たちのご先祖様たちにとって、「とにかく食べ物を確保しないと」という思いと行動が、生きることの大部分を占めていました。
ほんの最近までは、満足できるまで食べることすらままならない状態。
今のような「飽食」と呼べる状態になってからの歴史は、圧倒的に短いです。
現代の私たちは人類史上初と言っていいほど、食べ物との距離が近い時代を生きています。
だからこそ、自分がいつ、何を、どれくらいの量を、どのような理由で食べているのか。
いわば「食」に関する記録、そして管理が重要になっています。
昨日の夕食に、あなたは何を食べましたか?
ではここで、質問です。
「昨日の夕食に、あなたは何を、どれくらい食べましたか?」
この質問に即答できる人は、それほど多くないでしょう。
- 思い出すまでに時間がかかる
- ほんの一口だけ食べたトマトのことが言えない
- おみそ汁の具が何かひとつ漏れている
- 1個のつもりが実は3個、食べている
その他にも、夕食後に晩酌したのがスポッと抜け落ちる方も、いらっしゃるかもしれませんね。
このように、知らず知らずのうちに食べてしまっているもの、思ったよりもたくさん食べているものがあるのが現状です。
世の中でダイエットが叫ばれて久しいですが、気が付かない間に食べたものがあるのなら「太っても仕方ないよね」と私には思えます。
毎日の食事日記をつける
というわけで、今日の本題である「食事日記」に入ります。
こちらの記事の続きとなりますので、まだ読んでない方は先に目を通すことをお勧めします。

「食事日記」とは?
まずは食事日記の説明から。
食事日記とは、
- 1日で食べたり飲んだりしたものを
- 包み隠さず、漏れなく
- 口にした時点で記録する
です。
「漏れなくその場で」がルールですが、後からまとめて書いてもOK!
慣れるまでは書き忘れが発生するので、緩くとまでは言いませんが「記録ができてたら良い」くらいで十分です。
また、水、白湯、ノンカフェインのお茶くらいまでは書かなくていいです。
水分補給までつけ始めたらキリがないですし、記録が嫌になりますから。
ここで注意したいのは、何を食べても飲んでも、罪悪感を持たないこと。
ドカ食いしても、浴びるようにお酒を飲んでも構いません。
(健康面では、全然よくないのは、言うまでもないですが)
正確な記録を手に入れるのが、食事日記の目的です。
食事日記の付け方
付け方は、あなたが続けやすい方法なら何でも選べます。
私はコクヨのB7版キャンパスノートを使用。
手のひらに乗るくらいの小さなサイズなのが、お気に入りポイントです。
左半分がその日の予定、そして右半分が体重と体脂肪率、食事日記を書いています。
食事の記録をつけることができるスマホアプリがたくさんあるので、すでに使っているアプリがある方はそのまま使ってください。
ただ、個人的には「カロリー」は記録しなくても良いのでは、と考えています。
「こんなに食べてしまった」という罪悪感を呼びがちですし、カロリー計算がメインの目的になりかねませんので。
食事日記を「分析」しよう!
ある程度の日数分、食事日記がたまったら、いよいよ本番。
食事の記録を分析します。
分析する方法も、あなたが続けやすい方法を選ぶのがお勧め。
こういったことは、「続く」が最優先事項です。
私は分析が得意ではないので、ChatGPTの力を借りています。
1週間分の食事日記をChatGPTに読み込ませて、以下の項目を見てもらう形です。
- 1週間全体の食事傾向
- 体重や体脂肪率、お通じの状態
- 改善点を3つ
いたってシンプルですが、AIに任せると細かく分析してきて人間側が処理できません(苦笑)
ですので、分析項目は人間が主体的に指定するのがいいです。
食事日記は、長期目線での改善に生かそう
先ほど、何を食べても飲んでも罪悪感を持たなくて良い、と書きました。
なのですが、食事日記をつけ続けると、自然と食事が変わってきます。
原因は分からないのですが、頭の中にだけあった「これを食べた」記録が言語化されることの影響は大きいはずだと踏んでいます。
可視化することで現実を把握したら、さすがにどうにかしようと思うのかもしれませんね。
慣れれば1日10分程度、細切れ時間で取り組めるのが食事日記です。
ほんの少し、時間を使うだけですが、その効果は計り知れません。
- 身体がスッキリした(体重も、感覚も)
- 日中の急な眠気が減った
- 集中するべき時に、きっちり集中できる
- 食費が減った(←これ、大事!)
私とまったく同じ効果があなたも得られる保証は、ないでしょう。
とはいえ、自分が何を食べているのかを見える形にすれば、「見えてしまうもの」は必ずあります。
「ヒトの身体は、食べたものでできている」のですから。

