1日の始まりは「朝」である。
今でも私は、こう考えている。
しかし、この考えを疑う出来事があった。
朝の事件で、すべてが狂った
これは、1週間ほど前の出来事である。
その日は予定されていたタスクが多く、忙しい日になるだろうと予想していた。
問題の「事件」が起きたのは、朝の7時前。
いつもの時間に息子を起こしたところ「体調が悪いから、学校を休む」と言い出したのだ。
この日は平日。
いつものように息子を送り出そう、と身構えていた私にとっては、予想外の展開である。
さらに追い打ちをかけるように、息子の口から「スポーツドリンクが飲みたい」
買い置きのスポーツドリンクを切らしており、朝の7時半にスーパーに駆け込む羽目になった。
予定していなかったタスクに次々と時間を吸い取られ、焦りは増すばかり。
「今日はこれをやろう」と立てていた計画は、すべて崩れた。
こうしてタスクがどんどん後回しになり、最後までピリッとしない1日だった。
「朝の時間帯をどう過ごすか」が、1日の質を決めるわけではない
この日に起きた息子の体調不良は、避けられなかっただろう。
他者の体調管理は、同居する家族であってもできることが限られている。
だが、「もしも」が発生した際の備えは、ある程度できるはずだ。
前日、寝る前に翌日のシミュレーションをしておく。
「翌日がどのように進行するか」のイメージを持つことで、無理があると事前に気づけた可能性が高い。
抱えるタスクを並べ、すべてに優先順位を設定する方法もある。
優先順位が明確であれば、不測の事態が発生した際は迷わずタスクを減らす方へとすぐに舵を切れるはずだ。
また、タスクを進める順番の組み替えも、容易に検討できただろう。
朝だけを大事にしても、その意味は薄い。
時間とは流れていくものであり、「朝、昼、夜」は人間が勝手につけた区切りに過ぎないのだ。
この日、私が犯した間違いを挽回する機会は、永遠に訪れない。
できることは、同じ失敗を二度と繰り返さないための仕組みを考え、実行することだけだ。
