AIスクールは30年前の英会話スクールと同じ問題を抱えている

私がまだ若かった頃、英会話スクールが流行っていた。
「駅前留学」というキーワードがマスメディアで大量に流された時代から始まり、やがてマンツーマンレッスンという新たなスタイルへと広がっている。

最初に英会話スクールの存在を知った時期からずっと、私にはある疑問がある。

「英会話を学んで、どうするつもりだろう?」

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英会話スクールとAIスクールの共通点

英会話スクールの目的は、英会話能力の向上だ。
定期的にレッスンを受けることで、英語で会話することに慣れていく。

同じ構造が、AIスクールにも存在する。

AIスクールの目的は、AIを使う能力の向上だ。
定期的にAIを使うことで、AIを使うことに慣れていく。

だが、ここで私は疑問を覚えたのだ。

スクールという整えられた場所で、どれだけ練習しても意味がないのではないか。
磨いたスキルを実際に使う時は環境が毎回違っているのだから、スクールと同じことをしてもうまくいかないのではないか。

箱庭で純粋培養され、外部からの刺激によってすぐ枯れる、ひ弱な花を連想したのだ。

「ひ弱な花を手に入れて、どうするつもりだろう?」というわけである。

スキルアップに必要なのは「現場」である

30年前の英会話スクール通いが、今はAIスクールに形を変えて再現された。
私にはこのように見えている。

所在地が日本である英会話スクールの講師に、日本語が分からない人はいるだろうか。
レッスン中の生徒から日本語が出てしまっても、言葉を理解して無意識に補うだろう。

AIスクールではライティング、資料作成、業務の効率化などを学ぶ。
会社でこれらの業務はあるかもしれないが、スクールで使ったAIと同じものが使えるとは限らない。

英会話スクールも、AIスクールも、問題点は同じだ。

「自分が手にしたスキルは、実際に使える形になっているのか」

私には、この質問の答えが「いいえ」であるように思えてならない。

外国語を習得したいなら、その言語が公用語である国に住むのが早道だと言われている。
AIも同じだ。

AIを習得するには、仕事や暮らしを通じて使い続けるのが最短ルートだと私は信じている。

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考えていることと、いま受けている仕事はプロフィールに置いています。

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