私たちは幼い頃から「先生」と呼ばれる誰かから、何かを学ぶ行為を繰り返してきた。
学校に始まり、社会に出てからも学びを続けている人がいるだろう。
ところで、学ぶ際に「誰から」を意識する場面はあるだろうか。
娘の「先生」選び
本来、この記事は大人の学びだけを取り上げる予定だった。
だが、記事を書き始めるタイミングで、学校での先生選びに関して参考になる選択をした人がいたのを思い出した。
それは、私の娘だ。
彼女が高校2年生の時、数学を担当してくださった先生をとても気に入っていた。
しかし、3年になった時にこの先生は受け持ちにならなかったのだ。
「学年が上がったのだから、仕方ない」
私であれば、こう思って諦めただろう。
ところが、娘はそうしなかった。
クラスの担当から外れただけで、先生はまだ学校にいる。
ならば、質問はできる。
こう考えて、放課後に質問に行くようになったのだ。
母親の私は「そういう考え方があったのか」と、ただ驚くばかりだったことを覚えている。
娘の受験勉強に関するエピソードは、他にもある。
高校受験、大学受験の参考になるかと思うので、ぜひご覧いただきたい。

大人の先生選びは「絞る」がキーワード
では、大人の先生選びで気をつけるべき点は何だろうか。
これまでに自費でビジネスや自己啓発、自己向上について学んできた私が思うのは「絞る」である。
新たに習得したい知識やスキルがあるならば、まずは1人の先生に絞って全体像をつかむ。
一定のレベルに達する頃には、最初に選んだ先生とは意見が違う部分が出てくるはずだ。
「ここが違うのでは」が見つかった時点で、その穴を補ってくれる先生を探して、学びを深めるのだ。
以上が私のたどり着いた、適切な学び方である。
ただし、最初からこの方法ができていたわけではない。
むしろ逆だ。
同じジャンルについて教える複数の先生からの情報を一気に摂取して、迷子になったことが何度もある。
SNSから流れてくる無料プレゼントにつられた経験に至っては、数えたくないくらい多い。
その一方で、盲目的に1人の先生からだけ学び続けた結果、決定的な論理の穴を認識しないまま数年が過ぎたこともある。
途中から「おおむね正しそうだが、ここはおかしいような気がする」と気づいていたので、今思えば疑問を持った時点で別の先生から教えを受けるべきだったように思える。
情報社会における、学びのスタンス
それでもなお、「最初は1人の先生から」を私はおすすめしたい。
1人の先生から集中して学ぶことによって、学びの全体像が得られる。
全体像が手に入れば自分の持つ考えとどこが違うか、さらにその先生の「限界」も見えてくるのだ。
情報過多の現代なので、1人に絞ると決めるのは難しいかもしれない。
しかし、30代半ばからの20年近く、学び続けた私の結論は動かない。
「最初は1人の先生から、学び始める」
