先日、私は仕組み化が得意だと書いた。

この記事の中で、私はこう発言している。
仕組み化が得意な人は、自分の好き嫌いに行動を左右されにくい傾向がある。
今回は続編として、仕組み化の弱点について私が問題視していることをまとめる。
行動はするが…
仕組みを構築することによって、途切れずに同じ行動が取れるようになる。
これが仕組み化の持つ最大のメリットだ。
たとえば、このブログにも仕組みがある。
毎日、更新するための仕組みを作っており、1年近く更新が続いている。
更新を休んだのは、今年の4月に1回だけ。
「息子の入学式に参加して、疲れ果てる」という特殊な状況だった。
一方で、仕組みを持つことには弱点がある。
仕組み化の持つ弱点を、私は「質の違い」と捉えている。
このブログの過去記事を2つ提示するので、ざっと目を通していただきたい。
やる気がある時は、詳細な解説記事を書くことができる。
一方で、気持ちが下がっていると、自分の心情だけを書き綴った投げやりな記事にしかならない。
本音としては、仕組みを持つことによりやる気に左右されず一定の品質を保ちたいと思っている。
しかし、現実は違う。
モチベーションに頼りたくないが、結果としてそうなっているのだ。
仕組み化の弱点を補うには?
仕組みを構築することで、「終わらせる」へのハードルは下がる。
だが、品質面での問題は解決しない。
この問題に対して、私は2つの対策を講じている。
引き続き、ブログを例にして話していく。
ひとつは完璧さからの脱却だ。
「今の自分が出せる最高品質になるまで、ブログを投稿しない」を捨てる道である。
私にとって100点の記事であっても、読む人によっては30点かもしれない。
もしくは、逆の現象が起きるかもしれない。
このように考えると、「自分としての100点を追求することには、意味がない」と解釈できる。
完璧さを追い求めても、得られる成果は何もないのだ。
もうひとつの対策は、完璧さからの脱却に仕組みを設けないことだ。
スケジュールが詰まっている日に実行しようとするとイライラするので、こちらは時間の余裕がある日に実行している。
不満足でも投稿すると決めなければ、私は何時間でもAIからの改善策を求め続ける傾向がある。
これが「終わらせる」とは真逆の方向性なのは、言うまでもない。
「最後まで回せたらそれで十分」と決める。
ブログなど生活に影響の小さいことから始め、今後、適用範囲を広げていこうと考えている。
私のように仕組みを持つ方向に行きやすい人は、仕組みを回すことに息苦しさを感じているかもしれない。
「仕組み化は程々に」と、まずは私に向けて言いたい。


