決まってイラッとする瞬間が、私にはある。
それは、自分以外の要素のせいで、目の前のタスクを中断された時だ。
私は個人で事業をしている。
なので「いつ働くか?」の裁量権は、基本的には自分が握っている。
だが、そのような恵まれた環境下に自分の身を置いていても、外からの邪魔が入る時はある。
仕事への集中と、家事との板挟み
1日という流れで見ると、夕方が私にとっての鬼門だ。
朝、午後と調子よく仕事をしている私の前に立ちはだかる「大きな壁」があるのだ。
その壁の正体は、夕食である。
主婦でもある私にとって、食事作りもまた自分の役割だ。
なのだが、家事が嫌いな私にとって、どうしても仕事より家事を優先させなければならない状態は、我慢ならないのだ。
とは言え、私自身も生きている以上は、食事を取る必要はある。
最終的には「私のために」と自分を宥めながら、仕事を中断して食事を作り始める。
これが私の日常だ。
私の人生は、常に一点集中
学生時代を終えて社会人になってからの私は、常にたったひとつのテーマのもとで生きてきた。
大学を卒業した時は、実家から会社に通って仕事に没頭した。
家事の負担がないおかげで残業を厭わず働くことができ、母には今でも感謝している。
就職して5年目の秋に結婚し、一旦は主婦と会社員の二足のわらじを履いたが、たった半年で音を上げている。
この時に私は、複数の要素を自分の人生に入れてはならないのだ、と理解した。
退職後は8年間、主婦業と母親業に集中した。
「集中」としたが、実はこの時に独立、起業のための準備も少しずつ行っている。
ただ、あくまでも起業の準備は「従」であり、当時の私は一貫して「私は専業主婦だ」と思い続けていた。
数年間の準備期間を過ごすうちに主従関係が徐々に入れ替わっていき、ついに逆転する瞬間が来た。
この時点で子育てはまだ終わっていなかったが、家事と育児の省力化を図った上での切り替えだったので、以来、人生のテーマは「事業」であり続けている。
「従」への負担をより少なくする工夫
常に私は、人生のテーマをひとつだけに限定している。
だが、どうしても「従」の役割から逃れられない場面もあった。
代表的な場面が、子育てだ。
子どもの成長に合わせて形は変わったが、子育て期間中は一貫して「母親」の役目を求められ続けている。
家庭内の工夫であれば、家族との話し合いで折り合いをつけることに尽きる。
卑近な例で恐縮だが、揚げ物が食べたい人は自分で買ってくる、床に落ちているものはすべてゴミと見なす、といった具合だ。
そして、対外的な工夫としてはPTA役員という立場を自主的に選び続けることで、自分への負担をより軽減させることに成功した。
PTA役員の活用法については、以下の記事にくわしくまとめてある。

「ワークライフバランス」という生き方に潜む「毒」
ワーママという生き方が、私にはどうしても理解できない。
「仕事も子育ても諦めない」と言えば、耳障りは良いかもしれない。
だが、その実態は、仕事も子育ても握りしめ、自分の不甲斐なさに立ちすくんでいる女性だ。
人によっては、複数の役割を器用に行き来できるのかもしれない。
だが、少なくとも私には無理だった。
なので、早々にワーママという生き方を捨て、今に至っている。
子育てが終わりに差し掛かった今、自分の選択に一切、後悔していない。

