SNSは「誰の」ため?

ほぼ毎日、私はXを更新している。
今は21時に予約された投稿が公開され、その他の時間帯にも気になる投稿が流れてきたら自分の意見をまとめる形だ。

Webで発信をする以上、自分の作ったコンテンツが他人の目に必ず触れる。
そして、他人からやってくる反応を選ぶことはできない。

他人をどこまで気にするのか。
SNSとの適切な関係構築が難しい原因が、ここにある。

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フォローを外したのに…

先日、私のXにある事件が起きた。

数ヶ月前に「この人はウザい」と思って自分のフォローを外し、相手からのフォローも外した。
にもかかわらず、相手がまたフォローしてきたのだ。

そして、私の投稿に対して、毎回のように「いいね」を押している。
再び私に「ウザい人」が戻ってきたことになる。

せっかく双方向からのフォローを外したのが、台無しだ。

今の私が選んだこと、未来の私が選ぶこと

前回と同じように、自分からと相手からのフォローを外すこともできた。
だが私は、そのままにすることを選んでいる。

誰かからフォローされていても、Xのミュート機能を利用すれば相手の動きが目に入る機会が減るからだ。
「様子を見る」というわけだ。
また、意識しなければ「ないもの」にできる他人の目を気にしてしまった自分に対する、戒めだとも思っている。

しかし、以前に私が双方向からのフォローを外すと決めた現象がまた発生したら、その時こそブロックする。
この件に限っては、「仏の顔は一度きり」と決めた。

SNSを快適に使うために

SNSは本来、個人が自分の言いたいことを発信するための道具だ。
他人との関わりは生まれるが、「その関わりをどうするか」は自分で選ぶことができる。

私はSNSを快適に利用したいと思っているので、不快な要素は削除したい。

一方で、他人の目を気にしない自分になることで一段上の快適さが実現できると、私は考えている。
フォローを外さずミュートに留めた理由がこれだ。

他人の目を気にして細工に苦心するよりも、もともと気にしないほうが快適さのレベルが高いと思えるのだ。

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この記事を書いた人

考えていることと、いま受けている仕事はプロフィールに置いています。

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