他人を見て「うらやましい」と思うことが、私にはある。
持ち物、地位や立場、資産状況など、様々な面でうらやましさを止めることができない。
うらやましさは「ほしい」「自分もそうなりたい」という感情だと思っていた。
だが、改めて自分自身を振り返ると、どうやらそれだけではないようだ。
うらやましさの裏側
他人にうらやましさを持つ根底は、自分の能力と実情が乖離していることである。
「自分にも同じことができるはずだ」と思っている。
にもかかわらず、現実はできていない、手に入れていない。
だから、うらやましいと感じる。
以上の図式が成り立っていると、私は考えていたのだ。
だが、自分の抱いたうらやましさとその後の行動を思い返すと、選択に矛盾があった。
理想の母親像に近い人を見ても、その人と同じ行動は取らなかった。
事業規模が大きい経営者の話を聞いても、拡大に邁進する方向へ舵を切らなかった。
うらやましい感情はそこにあるのに、実現に向けて努力をしない私がいたのだ。
うらやましい感情は、こう処理する
うらやましいからといって、自分も同じになりたいとは限らない。
このカラクリを自覚した私が取るべき道は、1つだ。
うらやましいと思った時は、そのままにする。
本当に実現したいのなら、放っておいても行動を始めるはずだからだ。
他人のきらびやかな様子を、私は毎日のようにSNSで浴び続けている。
仕事を進めるためには使うしかないので、「見ない」は選べない。
しかし、「何もしない」という道は取れるだろう。
目先のうらやましさに惑わされなくなれば、本当に手にしたい現実へ向かうことができると考えている。
時間や行動力といったリソースは限られているのだから、無駄遣いはしたくない。
1日は24時間しかないし、5年前とくらべて明らかに行動力が落ちている自覚もあるのだ。
「行動が本心の鏡」
今の私に、私自身からこの言葉を贈る。
