「時間がない」
やりたいことがあっても始められない時に、人がよく口にする言葉だ。
だが、実態はこうだ。
1日に24時間という「時間」は「ある」
ただし、与えられた時間をどう使うのか、に詰まりがあるのだ。
つい先日、このテーマ通りの出来事があったので、私の実体験を使って解説していく。
私に対して新たに課せられた、3つの施策
私には「メンター」と呼ぶべき方がいる。
名前がないと以降の文章が分かりにくくなるので、仮に「Pさん」としよう。
先日、私はPさんのコンサルティングを受けた。
テーマは今後の事業計画。
今から3ヶ月ほど前に当時の現行事業を大きく整理し、新たな事業を構築するという命題に取り組んでいたのだ。
そして、このコンサルティングにて、一定の結論を得た。
従前の代行業とはまったく違う方向性であり、なおかつ私の持ち味を活かせる事業だ。
新たな事業を立ち上げる以上、販売ルートも新たに構築する必要がある。
Pさんから提案された新たな施策は、以下の3つだった。
このブログの名義を変える。
以前に手掛けたことがあり、案内ページは残っていたので、顧客が購入できる状態にする。
新たな販売導線として、Instagramを始める。
すぐできた施策と、後回しになった施策
コンサルティングを受けた後、残った業務を片付けて夕食を作り、風呂を済ませて一段落した時点で、すでに深夜だった。
社会人の常識に照らし合わせるならば、この後に取るべき選択肢は「寝る」だろう。
しかし、私はそうしなかった。
強引に時間を作り、ブログの名義人変更と従前の案内ページの復帰を済ませてしまったのだ。
その所要時間は、1時間ほど。
ここまで片付けて1日の終わりが来たことに納得した私は、眠りについた。
だが、Instagramだけは手つかずで残ってしまった。
もしも、私がInstagramを使ったことがないのなら、使い方を調べることから始めただろう。
もしくは、利用可能なアカウントを今は所持していなかったのであれば、Instagramの投稿を後回しにしたのも理解できる。
実態は、まったく違う。
Instagramはもう何度も自分のアカウントで投稿したことがあり、テーマもPさんから指定されていた。
しかも、既存のアカウントを再開するだけでよかった。
つまり、やろうと思えば、他の2つの施策よりも先にできたはずなのだ。
それではなぜ、このような事態が発生したのだろう。
私がInstagramの投稿を後回しにした、真の理由
すぐにできるはずだったInstagramの再開が、後回しになった理由は単純だ。
私にとって、Instagramの投稿は苦手だからである。
InstagramというSNSは、画像や動画、音声で情報を伝えるSNSだ。
だが私にとって画像や動画、音声という手法は、情報を受け取るという面において好まない。
昨今、家電の取り扱い説明書を動画サイトにアップロードしているメーカーもあるが、未だに私は紙のトリセツしか見ない。
動画を何度見ても、まったく理解できないのだ。
その一方、ブログの名義人変更やホームページの改修、すなわち即座に取り組めた2つの施策は、私にとっては負荷が軽い作業だった。
私は事業用に立ち上げている自社サイトをすべて自分で運用しているので、そもそも業者に発注するという発想が存在しない。
そして、ここで出てくるのだ。
「時間がないから、Instagramは明日に回そう」という、理にかなった言い訳が。
ここで正直に告白しよう。
私がInstagramの投稿を始めなかった理由は「時間がなかったから」では、ない。
「苦手なタスクを追求することには、合理性がない」という価値観に基づいた結果であった。
有り体に言うと、時間がないという言い訳の皮を被った、「やらない」という選択だったのだ。


