最近、AIを文章を書くのに使っています。
このブログは全部、自分で書いているのですが、他にも様々な媒体に、複数の名義で書いているので、手が回らないのです。
で、そんな私が最近、思うことを記録として残しておきます。
先日、投稿した、こちらの記事の派生、補足とお考えください。

AIに「書かせる?」
仕事柄、Webライターと呼ばれる人たちとのお付き合いがあります。
彼ら、彼女たちが口にする不安の筆頭が、AIの台頭に関するものです。
「自分の文章よりAIに書かせた文章の方がいい」と言われるかも?
なんて、思っているみたいです。
実際、こんな投稿が「X」で大バズリしてました。
一方で、Webライターに仕事を発注する側とも、つながりがあります。
(というか、私はこちら側の人間です)
発注側の本音を聞くと、
AIに書かせた方が、ちゃんとした文章が上がってくる
でした。
この意見には、私も納得です。
ただ「感覚」には「?」が残ります。
AIに「書かせた」文章って、どれほどの価値があるのか?
という疑問です。
AIの役割は、あくまでも「補助」
だと、私は思うのですよね。
先日も、書いたとおりです。

なのに、一部の企業では「AIに丸投げしているんだね」と強い違和感があります。
実際、私もAIに文章を書いてもらうこともありますが、少なくともゼロから書かせた文章はまだまだ使用に耐えませんね。
- 自分でまず書いて
- AIに添削してもらって
- バチバチにバトルして(ついさっきも、「この表現は私らしくない」とAIにダメ出しをして書き直させました)
- 「まあ、これなら我慢できるかな」になるまで歩み寄って(主に私の側から)
- とりあえず、完成!
正直、疲れます(苦笑)
あと、人間味はないですし、正確さも「もう一步、ガンバレ!」状態です。
後者は時間を追うごとに改善されるでしょうけれども、前者はまだ未知数。
人によっては「人間らしさをAIが装備するのは、かなり先」と言っているくらいです。
なので、AIの役割は文章を書くという点においては、補助にすぎないというのが私の考え。
少なくとも「その人らしさ」をAIで再現するのは、今の時点においては期待してはならないと思っています。
Webライターではなく、ブロガーになろう!
私はWebライターに対して、数年前から「ある予想」を立てていました。
それは「この仕事は、すぐに消えてなくなる」というもの。
私の予想よりも早く、その未来はやって来そうです。
なのになぜ、私が「Web発信をしよう」とおすすめしたのか?
それは、WebライターはAIに取って代わられますが、「自分らしい」文章にはずっと価値があるからです。
ライターは「人から頼まれた文章を書いて、納品する」という仕事であり、そこに「自分」は1ミリも入ってないですからね。
だから、情報整理の速いAIに「消される」運命にあると予想しました。
「自分」が不要であり、読みやすく情報として正確な文章さえあればいい、であれば、もう人間はAIに負けつつあります。
そして、先ほど書いた「自分らしい」文章をWeb場で公開する人のことは、「ブロガー」と呼ばれます。
あなたもどこかで聞いたことがあるのでは?
ブロガーは「自分の哲学や経験を、自分の言葉で語る」仕事です。
AIには決して真似できない「自分」があるからこそ、ずっと求め続けられるはずと予想しています。
なぜなら、私がずっと「ペン1本」で、ブロガーとしてご飯を食べてきた人だからです。
「ブロガーなんて、もう古い」という声も、確かにあります。
なのですが、少なくとも20年前からブロガーは存在していて、そして現在もブロガーはたくさんいます。
これが、私がブロガーをおすすめする何よりの根拠。
さらに言えば、AIに書かせた文章の「限界」を感じる理由なのです。
