「料理してる時が一番、楽しいんだよね」
「推しのライブは、会社を休んででも絶対行く!」
「年に3回は旅行しないと、気が済まないです」
といった「偏愛」ジャンルが、あなたにはありますか?
その「好き」はいつ、どんなきっかけで始まりましたか?
昔からの情熱が、今もずっと続いている。
これはとても素敵なことです。
さらに、その熱量はあなたに新たな世界を見せてくれる「教養」への、最初の一歩にもなります。
梅野里香の「偏愛」遍歴
私が情熱を注ぎ続けている分野は、全部で3つあります。
音楽、歴史、そして思考です。
私にとっての音楽、そして「音」は、日常のベースライン。
今、こうしてブログを書いている間も、耳には「音」が流れ込んでいます。


次に歴史。
中学生の頃から、歴史、特に日本史に興味を持っています。
特に気になるのは、平安時代です。
やっぱり十二単、いいじゃありませんか!
一度は袖を通してみたいものです。
時の流れに思いを馳せ、自分の存在を思う。
私にとっての「歴史」とは、自身を振り返るきっかけなのです。
最後は「思考」
こういうブログを毎日、更新しているあたりに偏愛度の高さが伺える、というものです。
放っておくとどこまでも深く考え込み、食事も睡眠も忘れて没頭するのが玉に瑕。
最近、私の思考の根っこに「判断」があると、複数の方から教えていただいたので、検証しているところです。
そして、私にとっての音楽や歴史、思考は単なる「趣味」ではありません。
数ある経験の中でも、私の思考に確実な影響を与えてきた、大切な一部です。
「偏愛」は「教養」へと昇華できる
あなたの傾ける情熱を「偏愛」のままに留めておくのも、良いでしょう。
「好き」をまっすぐ「好き」と言い続けられる状態は、心のオアシスですから。
ただ、それだけだともったいないかも?
強い「好き」の感情は、行動力の源にすることができます。
その行動力を教養を得ることに振り向けよう、というのが、私からのご提案です。
ここでも私の事例を使って、解説していきます。
音楽の「好き」は、やがて音楽史へ
私の持つ「音楽好き」な側面は、音楽の持つ背景へと興味を広げていきました。
- この音には、どんな意図があるのか?
- この不協和音の持つ意味は?
- これを作曲した人は、どんな気持ちだったのかな?
とりとめのないことを考えていくうちに、私は「音楽にも歴史がある」という事実にたどり着きました。
小学校や中学校の音楽の授業で、音楽の歴史を学びましたよね。
バッハのヘアスタイルやメンデルスゾーンの自由な「もみあげ」を見て、「ヘンだよね!」と笑った人もいたでしょう。
ですが、今に至るまで名を残すクラシックの大御所は、高尚な考えしか持っていなかったわけではありません。
ほぼ全員が「秋元康さん」的な存在で、市場のニーズに合わせてヒット曲を量産していたのです。
「そうなんだ!」とビックリですよね。
こうした背景を知ると、また一段と音楽に深みと彩りが感じられるようになります。
歴史の世界へ、タイムトリップ!
私の平安時代に対する偏愛は、様々な方面への教養を身につけるきっかけになりました。
仕事柄、出張することがあるのですが、その際は時間の許す限り現地の旧跡を見て回ります。
その土地にお住まいの方にとっては日常の風景にすぎなくても、歴史的に価値が高い建造物や石碑、仏像や神社仏閣は、数多くあるのです。
また、私の住んでいるエリアでは、死に装束を身にまとって歩いている人を見かける機会があります。
その際に「なぜなのか?」を調べることは、現地の歴史を知るファーストステップ。
ここからその土地の持つ背景や成り立ちへと、思いが広がっていくのです。
「思考を深めること」そのものが「教養」への道
様々な情報や知識を頭の中にインプットして、自分というフィルターを通して何かをアウトプットする。
この一連の活動そのものが教養を身につける基本である。
これが私の考えです。
自分が持つ素朴な関心が、多種多様な知識を得ることにつながる。
得られた知識を頭の中で再構築することで、独自の教養として花開く。
こんなイメージです。
「偏愛」上等、好きを極めよう!
大人になってからも何かに熱中することに、あなたは罪悪感を抱えていませんか?
そんなことしてる暇があるなら、仕事でもしたらどうなの?
「推し活」になんて、何のメリットもないじゃん!
周囲からのこんな「声」は、真に受けなくてOKです。
「好き」の気持ちは、人生を味わい深くするきっかけになります。
また、教養を身につけるきっかけにもなるのです。
だから、あなたが持つ情熱の炎を消したり、捨てたりしないでほしい。
大切に持ち続け、大きく育ててくださいね。
